俺には俺の知らない俺がいる。
こう言うとややこしいが、要するに、俺ではない何かの記憶がある。俺ではないはずなのに、それは確かに俺自身なのだ。何故、と聞かれれば答えようがない。
その記憶は断片的でひどく朧げでうすぼんやりとしていて、時々発作のように俺を襲った。
眩暈がして知らない情景が映し出される。それは一面の銀世界であったり、ひとりぼっちな白い部屋であったり、綺麗であるはずなのに何故か何も感じない水の流れる街であったりした。走馬灯の様に流れる情景は、すぐ霞んでいってしまう。
それでも、最後に思い出すのはただひとりの男だった。

蜂蜜色の長い髪が、粉砂糖のように白い肌にかかっている。長い睫毛の下には熟れた果物のように真っ赤な瞳がきらきらと光っていた。食べたらきっと甘いんじゃないか、名前すら思い出せないその男を思い出すたび、そう思った。

俺はこの男を知らないけれど、俺は誰よりもこの男を知っていた。




「ジェイド・カーティスです。宜しくお願いします」

言ってジェイドが一礼すると、一瞬の間を置いて、小さくはない拍手が送られた。にこりと再び笑みを向ける。窓際の一番後ろ、例の男をちらりと盗み見ると、男は顔を上げていた。あおい瞳は戸惑うように揺れ、乱れた髪が顔にかかっている。
そして、間違いなくピオニーであった。どくり、と心臓の跳ねる音が聞こえ、笑みが崩れる。赤い、宝石のような瞳に水の膜が張るのを、ジェイドは他人事の様に感じていた。涙はこぼれなかったが、胸の奥がひどく締め付けられて息が詰まった。
気が遠くなるほど長くに感じられる一瞬、先に目を逸らしたのはジェイドの方だった。

「いくつか空いてる席があるから、好きなところに座ってくれ」

担任が言う。空いてる席は3ヶ所あった。向かって左端、廊下側の一番後ろ、真ん中の列の後ろから3番目(随分と中途半端な場所だと思った)。そして、ピオニーの斜め前、右から二番目の一番後ろの席。
少し躊躇ったが、身体は欲望に忠実らしい。あまり軽いとは言えない足取りで、机と机の間の短い通路を抜ける。ちらりと隣に目をやると、ピオニーはまだこちらを見ていた。
引き攣る顔の筋肉をどうにか押さえ付けて微笑みかけ、手にしていた鞄を机の上に置いた。椅子を引いて座ろうとして、

がたん、と言う大きな音と共に、腕を掴まれた。

ジェイドが驚いて振り向くと、戸惑いと緊張と歓喜と哀切の入り交じった表情をしたピオニーが立っていた。あおいひとみに映っている自分を見て、押さえ付けていた感情が溢れ出してくるのを感じた。
溢れた涙が頬を滑り落ちると、掴まれた腕を強く引かれた。逆らう事など出来ず(彼に逆らうだなんて考えようともしなかった)、縺れそうになる足を必死に動かして、連れられるままに教室を飛び出した。

変わらない手のぬくもりに涙が止まらなかった。




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文章ってむつかしい・・・。



090228