下腹部が鈍い痛みと不快感を訴えている。熱が出ているのだろうか、どこか中に浮くようにふわふわする。一瞬遠退いた意識に手元を見遣れば、書きかけの書類に黒い染みをいくつも作っていた。はあ、と溜息を吐くのも億劫で、手にしていたペンを放り投げた。
手から離れたペンはからからと音を立てて転がり、勢いが余りすぎたのか机の端から姿を消した。直後、下方から乾いた音が響く。
行儀悪くも机に伏し、瞼を閉ざす。後で拾うことを考えるとそれすら面倒で、苛立ちまかせに放り投げた自分に苛立つ。なんという悪循環だろうか。
ふ、と浅く息を吐くと、のろのろと身を起こした。仕事にならないのなら横になろう。睡眠不足のせいもあるのだろう、仮眠をとれば今よりは幾分かましになるはずだ。
そう考え、かたりと音を立てて席を立ったとき、部屋の隅の床がかぱりと開いた。
目眩がする。何故あの男はいつもいつも来てほしくない時に姿を見せるのだろうか!
ああいらいらする。下腹部を襲う痛みは酷くなっていた。

「お、なんだなんだ機嫌が悪そうじゃないか」

お前顔だけは良いんだからそんな顔したら嫁の貰い手が無くなるぞ、そう言ってへらりと笑う。ああいらいらする!

「貴方には関係のないことです。そんな事を言いに来たのならさっさと出ていってください、ピオニー陛下」
「俺が逢いに来て嬉しいのはわかるが、そうツンツンするなよ」
「冗談は存在だけにしてください。仕事の邪魔です、帰れ」

ぎろりと視線を鋭くすれば男は肩を竦め、おーこわ、とふざけた声を発した。
苛立ち任せに口を開くと、言葉を紡ぐ前に男の浅黒い、無粋な掌が頬に触れた。
ぴくりと肩を揺らせば、どこまでも深い蒼が紅い瞳とかち合う。空や海を連想させるそれからは目が逸らせなかった。
空いた手が腰に回され、強い力を持って引き寄せられれば距離は更に近くなった。

「…陛下、」
「こういう時は黙ってろよ」
「ちょっ…」

直後、温かな唇が自分のそれに触れるのをジェイドは感じた。開いた紅玉には彼の調った顔立ちが映るばかりだった。頬、腰、唇。触れられた箇所がやけに熱い。
ちゅ、と音を立てて薄い唇が吸われ、吐息に熱が混じる。ン、と鼻に抜けるような甘い声を漏らせば腰に宛がわれた掌が確かな欲を持って背筋を辿った。
肩甲骨の辺りを円を描くようにゆっくりと撫でると、焦らすように再び下降していく。肩を押して意を示そうとするも、力が入らず結局は縋るだけとなった。
随分好いように躾られたものだと自嘲すると、ぬめる舌が隙間を割って侵入してきた。その不快感に反射的に舌を引っ込めるが、絡まれ引きずり出され擦り合わされた。
足が自重を支え切れず、自然上を向くとどちらのものともつかない唾液を流し込まれた。拒んでもよかったが、今更過ぎるので大人しく喉を上下させた。
そこでようやく解放される。熱く甘く荒い呼吸を繰り返す唇を銀糸が繋ぎ、まだ離れたくはないと言っているようだ、と昔言われたことを思い出した。
くだらない。

「っはあ…は、ふ」
「嫌がってた割に随分良さそうだな?」
「ッ!」
「俺の躾の賜物、か」

言ってくつくつと笑う。さらに引き寄せられ、たかぶりを押し付けられた。その質量に身体の奥がぶるりと震えた。

「だめ…」
「あ?」

精一杯の力を込めて胸を押すが、僅かな距離も出来なかった。目元があつい。
目を合わせるのが何処か恥ずかしく、俯いて掠れた声で拒否の言葉を紡ぐ。思った以上に情けない音だった。

「だめ、です。今日は…」
「……あー…」
「……」

言葉を無視して腰を支えていた手が下へと滑ると、ぴたりと動きを止めた。どうやら感づいたらしい。あまりの羞恥に唇を噛んだ。
忘れかけていた、腹の奥の形容しがたい痛みがまたじくじくと身体を蝕む。俯いたまま唇を噛むと、ピオニーの指が優しく触れた。先程まであれほど強引だったというのに、その変わり様に思わず笑ってしまう。
尻に触れていた手は再び腰に回され、更に強く抱かれる。子供の様に高い体温はジェイドをいつも安堵させた。
だからといって先の行いを許すわけではないのだが。

「そうか、そろそろだったか」
「……少し、遅れたみたいですよ」
「他人事みたいに言うなあ、おまえ」

顔をあげると苦笑する顔が目に映る。曇りがちな表情に、何か間違えただろうかと思案したが、ジェイド自身間違えたと思っていない以上間違いを見つけるのは困難なのですぐ放棄した。自分で考えるだけ無駄なのだ。
先程の愛撫と痛みとで汗ばんだ額に、ピオニーはキスをする。ふわりとジェイドの、正確にはジェイドがつけている香水の香りが鼻腔をくすぐる。ピオニーはこの香りが好きだった。
急に穏やかになった時間にジェイドは目を細めた。ピオニーの腕の中はあたたかく、痛みがじわじわと退いていくような気がした。

「ああ、そうだ…。ジェイド」
「?」
「腹が痛くならない方法がひとつだけあるぞ」

その痛みが月のものによる痛みを指しているのは言うまでもない。ピオニーの言いたいことがよくわからず、深い蒼を見上げる。目の奥は鈍く光り、にやにやと下卑た笑みを浮かべている。嫌な予感がする。
腰を抱くのと反対の掌が下腹部を優しくさする。

「まあ、痛みに関しては一時的なものでしかないがな」
「他は違うと?」
「どうあっても結果は残る」
「…」
「形になり得なかったとしても、記憶には残るしな」
「…何が言いたいんです?」
「聞きたいか?」
「…」

にんまりと、笑みが深くなる。嫌な予感しかしないので首を振ったが、まあ遠慮するなと男は笑った。

「孕めば良い」
「はァ?」
「だから、妊娠してる間は来ないだろう?」

予想通りの返答に表情を歪めると、褐色の指先が引き結ばれた唇を撫でる。
そう嫌な顔をするな、とピオニーは笑う。自然緩んだ唇を、ちゅ、と音を立てて啄まれた。
何度か冗談で言われた言葉だが、彼の真意はわからない。セックスはしても子を産むつもり等毛頭なかった。否、そもそも孕んではならないのだ。
身分の違いだけではない。自分のように汚れた人間が子を残す等あってはならない。
ジェイドがそう考えている事をピオニーはわかっているはずだ。

「今以上に仕事に支障が出そうなのでお断りさせていただきます」
「俺が真面目に仕事をするようなったらお前の負担も減るだろう?」

わかっているくせに。なのにその唇はそんな言葉ばかりを紡ぐ。

「…陛下」
「ん?」
「冗談ですよね?」

さあ?と、男は笑うばかりだった。






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流血プレイが書きたかったんですが、挫折しました。
いつか書くかもしれないし描くかもしれない。


090222