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返事の代わりに寄せられた唇は、ひどく懐かしいものだった。 「ファーストキス、また貴方に奪われちゃいました」 触れるだけの口付けが終わり、伏せていた瞼を上げると、ピオニーが恥ずかしそうな顔をしてこちらを見ていた。その顔を見ただけで、心を追い立てていた感情が退いていくのを感じる。くすりと笑うと、やっと何時もの調子を取り戻したようで、嬉しさと羞恥が入り交じった言葉が空気を震わせた。ピオニーがきょとりと目を丸くしているのが可笑しくて、ジェイドはまた笑った。 そうしてつられるようにピオニーも笑った。 話を聞くと、ジェイドと違ってピオニーの記憶は断片的で曖昧なものであるらしい。ピオニーは自分の覚えていない部分を知りたがったが(最期の時は覚えていないらしかった)、必要があるならいつか思い出すと言うと諦めたように口を閉ざした。覚えていない方が良い事だって多くある。それらのほとんどを記憶しているのは、かつて犯した罪のせいなのか、とジェイドは自嘲した。 「ああ、でも、少しは思い出してきたな」 自分の瞳と同色の空を見上げてピオニーは言う。始業の鐘は鳴ってしまったので、一限は諦めることにした。初日から問題を起こしてしまった為、後の事を考えると憂鬱で、ジェイドが息を吐くと、ピオニーの視線が寄越された。真っ直ぐに見つめられ、捕われたように視線を逸らせなくなる。落ち着いたはずの感情がじわじわと喉元に押し寄せてくる様だった。 「泣くなよ」 困ったように笑いながらピオニーが言い、ジェイドは自分がまた涙を零していたことに気が付く。あたたかな掌が頬に触れ、目を細めた。 「ここ数年、泣いた記憶なんて無いものですから。涙腺がおかしくなってるのかもしれませんね」 「誰のせいで?」 言ってピオニーはにやにやと笑う。こういうところは全然変わっていない事が欝陶しく腹立たしい。そしてなにより嬉しかった。ジェイド、と急かすように名を呼ばれ、彼の望む答えを口にした。 「あなたのせいです、…ピオニー」 「…責任、取ってやるよ」 ぐい、と肩を寄せられる。ふわりと鼻孔を掠めたのは、太陽のようなやわらかな香りだった。ああ、間違いなくこのひとのにおいだ。 おかしくなった涙腺がまたぐずり始め、ジェイドは俯いた。肩を抱く腕に力が込められ更に引き寄せられ、ジェイドはピオニーの胸に頭を預けた。紺の制服のズボンに涙がぱたぱたと零れ落ち、濃い染みをいくつも作った。時折吹く冬の風が濡れた頬を冷やしていく。 「ここには足枷なんか何ひとつないんだ。俺達が好きに生きたって誰も文句を言わない!」 耳に慣れた声が頭上から降ってくる。 「願えば何でも叶えられるんだ、ジェイド」 「…ほんとうに?」 「本当に」 「街中で手を繋いでも貴方は嫌がりませんか?」 「嫌がった覚えもないんだがな」 「抱き合っても、キスしても、貴方は嫌がりませんか?」 「そんなわけないだろう?」 なあジェイド。と、ピオニーに呼ばれる自分の名前はいつも特別だった。大嫌いな自分が彼を介するだけで好きになれる気がするからだ。 それはやはり、ピオニーのことが、 「俺はお前が今でも好きだよ。前の事はあまり覚えてないけど、手を繋いで歩きたいと思うし、抱き締めたい。キスだってしたいし、すぐにでもお前を抱きたいくらいだ」 掌が白い太腿を撫で、ジェイドは笑った。 「こういうの、セクハラって言うんですよ」 「知ってる」
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